売上2兆円の巨大企業・マルハンは、
なぜ社内研修に“クイズ”を
導入したのか?
熱気あふれるクイズ会場!?
「では、次の問題にいきます」
司会の女性が読み上げる問題に、50名ほどの若者たちが真剣な表情で耳を傾けている。
「『風適法において、営業所では、……とされている』。さあ、これは○か×か?」
会場内に小さなざわめきが起きる。自信ありげにうなずく者、なにかを思い出そうとじっと天井を見上げる者、隣にいる仲間と小声でささやきあう者……。
そして、全員が持つ「○」と「×」が表裏に書かれたボードのどちらかの面を司会者の方に掲げて、自分の考える解答を示す。
「さあ、時間です。みなさん、答えを出しましたね……。正解は、×です」
さきほどよりもいっそう大きなざわめきと、拍手、笑い声などが会場を包み、不正解の者は椅子に座り、正解を示した者は少し誇らしげに笑顔を見せている。
これは、とある地方で行われたクイズ大会の様子……ではない。実は、株式会社マルハンの、れっきとした社内研修の1コマなのだ。
今回の研修は、4月に入社し、半年以上現場(主にパチンコ店舗)での勤務を経た新入社員が、“新人”から卒業するための知識や心構えを習得することを目的とした「卒業研修」と呼ばれるものだ。
全国の店舗で働く200名ほどの新入社員を、約50名ずつに分け、3泊4日での研修が行われるのだが、そのプログラムの一部として、クイズが採り入れられている。
キュービックでは2011年に、その問題の制作を請け負い、早押し機と早押し台を合わせて納品した。
「社内研修」と「クイズ」。一見、意外性のある組み合わせだが、マルハンはなぜ研修にクイズを採り入れたのだろうか?
1万以上の従業員を擁する業界トップ企業の悩み
社内研修へのクイズ導入の経緯を見る前に、マルハンがどんな会社なのかを簡単にご紹介しておこう。
株式会社マルハンは、パチンコホール運営を中心に、ボウリング場、ゴルフ練習場など、アミューズメント関連施設の運営を手がけている。パチンコホール業界では売上高トップを誇るリーダー企業だ。
パチンコやパチスロに縁のない人の間では知名度が低いかもしれないが、実は、企業としての規模や実力は相当なもの。例えば、2014年の売上高は、約2兆1116億円であるが、これは、三菱自動車や東京ガス、東北電力といった企業と肩を並べる水準である。
その他、主要な財務指標を見ても、経常利益は600億円を超え、自己資本比率は約50%、自己資本利益率は約17%(いずれも2014年3月期)と、業績、財務ともに極めて優秀。まさに、隠れた優良企業なのだ。
これだけの規模の企業であるため、多くの従業員を抱えている。その数は、2014年3月期で11,827名。そのほとんどは、全国のパチンコホールで働く店舗スタッフだ。そして、これら店舗スタッフに求められるものが、単なる接客サービスだけではないところに、パチンコホール業界特有の事情がある。
その背景には、パチンコホールの営業が、法律=「風適法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)」によって様々な規制を受けていることがある。たとえば、出店場所、営業時間、店内管理、景品の種類など、細かな部分まで様々な法的ルールが定められているのだ。
そこで、ホールで働く従業員は、接客マナーや遊技機についての知識などに加えて、これらの法的な規制に関しても、しっかりと理解して勤務することが求められる。
もし、誤った知識にもとづいて違法行為を行ってしまった場合、店舗の営業停止などの厳しい処分を受ける可能性があり、会社に大きな損害を与えかねない。「ついうっかり」では済まされないのだ。
そういった事情もあり、同社では従来社員の教育・研修には特に力を入れてきた。その基本理念は、すべての者がリーダーたること。だが、リーダーとは、必ずしも役職者のことを指すわけではない。
「リーダーとは、会社の夢、経営理念を、自分の夢とリンクさせつつ、その夢の実現に向けて主体的に努力を続ける人材のことを指します。これを、弊社では『ドリームチャレンジャー』とも定義しています」(株式会社マルハン、人材開発部 竹内直子氏)。
たとえ、役職者ではない一般スタッフであっても、リーダーとしてのマインドを持って職務にあたってほしい。そして、そのことを通じて自分自身の夢の実現にもつなげてほしい――。そういった会社の願いをしっかり理解してもらうことも、研修の大切な目的である。
試行錯誤が続いた社内研修
このように同社の研修は、マインドおよび実務知識・法的知識の両面において、高い習得目標が設定される。それゆえ、成果が目標に達しないこともあったという。
「今から5年ほど前までは、座学が中心の、知識の詰め込み式のような形での研修を行っていました。しかしそのようなスタイルだと、どうしてもモチベーションがあがらずに、成果につながらない社員が出てしまうことがありました」(竹内氏)
そこで、教育研修担当チームでは、「楽しくなければ研修じゃない」というコンセプトを掲げて、体感ワークを多く採り入れた研修を作っていった。座学中心から、演習やゲーム、チームビルディングを通して、そこから自然と気づきを得ることを狙った研修スタイルへと、大きく方向を転換したのだ。
そして、このスタイルは、受講生の参加意識やモチベーションを上げる点においては効果を発揮し、一定の成功を収めた。
ところが、ここで思わぬ問題が生じる。
それは、参加者のモチベーションや満足感は高くなっても、業務に必要な知識、とくに法的知識の習得が、以前より劣ってきてしまったのだ。
「受講生は、『盛り上がって楽しかった』と、満足しているのですが、肝心の法的知識などが身についていない参加者が、散見されたのです」(竹内氏)。そして、2011年より「必要な人に必要な教育を」というコンセプトに変更。
すでに述べたように、「卒業研修」は、一定期間の店舗勤務の後で行われるのだが、その期間内における店舗教育レベルに、大きな格差が生じていたのだった。
教育熱心な店長やマネージャーのいる店舗では、自主的な勉強会などを行い、業務知識や法律知識の取得に務めているが、そういうことにあまり熱心ではない店舗もある。どうしても勤務してきた店舗によって、受講生の前提知識にばらつきが生じてしまい、前提知識の少ない者は、それを埋めることができないまま、研修を終えてしまいがちになる。
座学を中心にすれば、モチベーションや参加意識を上げることが難しい。一方、体感ワークを中心にすると、知識の習得が難しい……。
このように、試行錯誤の中で見えてきた課題を解決するために導入されたのが、「クイズ」による研修であった。
当時の担当者が、最初に「クイズを使おう」と思ったのは、特に強い理由があったわけではないという。いわば、思いつきであった。
だれでも経験があるだろうが、テレビのクイズ番組を観ているとき、知っている問題が出されれば、ついテレビに向かって答えをつぶやいてしまう。そしてそれが間違っていたりしたら、とても強く記憶に残る。間違えた問題や、知らなかったことは、「なるほど~」と思い、記憶に残る。
クイズによって、強制されているわけでもないのに、自分から主体的に参加し、自発的に知識を増やしているのだ。
それに気づいたとき、「これは研修に使えるのでは」とひらめいたのだという。
当時の教育研修チームのメンバーは、早速、自分たちでクイズを作ってみた。しかし、なかなかうまくできない。覚えてもらいたい知識を、どうやって「問題と解答」に切り分けて、かつ、なるべく興味を引くような問題にするのかが難しく、また、時間もかかる。忙しい業務の間に、クイズ作りばかりしているわけにもいかない。
そこで、ネットでの検索により、クイズの総合商社キュービックを見つけ、制作を依頼した。
こうして、2011年の卒業研修から、クイズを採り入れるようになったのである。
クイズ導入で、定量的にも定性的にも、確実な効果が見られた!
3泊4日の研修期間中、クイズ研修に充てられる時間は、半日程度である。そして、その時間は、大きく3つのセクションに分かれていた。
(1)ペーパークイズによる予選。穴埋め式の筆記問題で、研修で学んだ知識を復習する。ここでまず、2名を選抜する。
(2)○×クイズによる本戦。冒頭で描写したような、勝ち抜け式のクイズだ。ここでも2名を選抜する。(1)によって確認した知識が出題されることもある。
(3)早押しクイズによる決勝戦。(1)と(2)で勝ち残った4名が、会場前面に用意された解答席につき、早押し方式で解答する。クイズ参加は4名だけでなく、全員参加型で実施していくことで参加意欲を高め、理解度を深めていく。自分がわからない問題は、1回だけ、会場にいる仲間の研修生に調べてもらうことができる。
予選で勝ち抜いた者が決勝戦に出られるという方式から、プロジェクターを使った出題映像、BGMなどの音響効果、キュービックから購入したランプ付きの早押し機まで、かなり本格的なクイズ大会のスタイルとなっていることがわかる。
さらに場を盛り上げる司会進行(店舗の先輩スタッフ)もあり、テレビのクイズ番組さながら。会場の受講生も、時には笑いを交えながらも、いい加減に取り組んでいるような姿は一切見られず、熱気に溢れて真剣そのものだった。
そして、テレビのクイズ番組と違うのは、解答が示された後でも、不明点があれば、積極的に質問が出ること。クイズというのはあくまできっかけで、わからないことは徹底的になくして、業務知識を身につけたい……受講生の思いは、そんなところにも見て取れた。
実際に会場の様子を見ていて、参加者が実に主体的、かつ熱心に取り組んでいるということは、たしかに伝わってきた。しかし、研修はあくまで前述のような目的を達成するためのプロセスである。いくら受講生が楽しく参加できても、その目的が達成されないのでは、クイズを導入した意味はない。竹内氏に、その点について尋ねると「効果はあると思います」と、即答された。
まだ導入から年数が浅く、サンプルが少ないので、現段階では断定はできないと前置きしつつ、「クイズの導入以後、研修の最後に行う確認テストの点数が、確実に伸びている」ということだった。さらに、定性的な評価だが、「研修後の学習の動機付けにも、効果があるように見受けられる」という。つまり、店舗に戻ってからの学習意欲なども、クイズ導入前の時代よりも高くなっているようなのだ。
これは推測だが、クイズで仲間が正解した問題を間違えたり、勝ち残れなかったりしたことを「くやしい」と思う気持ちが、その後の学習の動機付けになっているのかもしれない。
我々が想像していた以上に「クイズ導入の効果は大きい」というのが、竹内氏の実感だった。
いずれは、管理職層の研修への導入も検討
なにか、良いことずくめのようだが、クイズを導入することにデメリットはないのか?
「あえて言えば、他の体感ワークなどと同じですが、なぜクイズをするのか、その意図をきちんと説明して理解してもらわないとならない、ということです。その点は、私達も十分に注意しています」(竹内氏)
クイズは、レクリエーションや息抜きでやっているわけではなく、効率的に知識を身に付けるための手段なのだということを、受講生に理解してもらい、目的意識を共有してもらうこと。このプロセスを丁寧に行わないと、“楽しかった”で終わってしまう危険性があるという。
しかし、逆に言えば、その点さえしっかり押さえておけば、あとはさしたるデメリットはないとのことだった。
このように、メリットが大きいわりにデメリットは少なく、費用対効果が大きいため、今後はクイズの活用をより広げていきたいという。
マルハンでは、「新入社員、マネージャー候補、マネージャー、店長、…」など、階層ごとに様々な研修を行っている。いま、クイズを導入しているのは新入社員向けの研修だけだ。
これをもっと上の階層を対象とした研修でも導入することを検討しているという。
「クイズでの研修というと、若いスタッフ向けのものと思われるのですが、これまでの経験からは、年齢や階層に関係なく効果があるように感じられます」(竹内氏)
たしかに、テレビのクイズ番組なども、必ずしも若い人向けの番組というわけでもない。問題を解きたい、新しい知識を得たい、という欲求は、年齢にかかわらずだれでも持っているようで、クイズは年齢にかかわらず好まれる。その意味では、より高階層向けの研修にクイズが導入されても、おかしくはないのだろう。
新入社員の時から管理職の時まで、一貫して、クイズによる研修が行われている日本で初めての会社。
そんな会社が登場する日も、近いのかもしれない。